かつての大阪のメインストリートは堺筋でした。百貨店が4つもあるなど大正時代は賑わっていましたが、昭和初期に御堂筋が拡張されるとその座を明け渡しました。
今も大正時代の名残として、近代建築がいくつか残っています。
北から順に紹介していきます。
■大阪証券取引所ビル
建て替えたはしたものの、大阪の経済の中心地・北浜の顔としての外観を残した近代建築。ビルの前には実業家・五代友厚の銅像があります。
■新井ビル
報徳銀行大阪支店として建てられ、現在は大阪発のスイーツ店「GOKAN(五感)」の本店となっています。
■高麗橋野村ビルディング
現在は1階がカフェになっている、安井武雄の代表作の一つです。戦前は5階建てでしたが、戦後に6・7階を増築しています。
■旧三井銀行大阪支店(現・三井住友銀行大阪中央支店)
高麗橋野村ビルディングの向かいにある、堂々とした銀行建築。あれ?半沢直樹に出てきた東京中央銀行本店に似てない?と思ったら、あれは東京の三井本館(の外観)。同じ三井なんです。設計も三井本館の曾禰中条建築事務所と同じなので、なるほど。
▽三井住友銀行大阪中央支店(旧三井銀行大阪支店) – 近代建築散策
■小西家住宅
明治36年建築の、大阪の町屋を代表する近代和風建築。面白いには、堺筋ではなく交差する道修町通に入口が面しています。これは、当時大阪全体が南北の道路(堺筋)よりも東西の道路(道修町通)がメインストリートだったことに由来するそうです。
道修町は、薬(主に医薬品)の町として有名で、この建物も薬種業・小西儀助商店(現・コニシ株式会社)として建てられました。
■生駒ビルヂング
生駒時計店として1930年に建てられました。左上の時計塔が目印です。
■旧東海銀行船場支店
現在の名称は、第一住建堺筋本町駅前ビル。ネットを探してもなかなかこのビルの情報を得ることがでいませんでしたが、芝川ビルに行った時に手に入れた船場ガイドブック2013(船場げんきの会・愛日地域活動協議会発行)でわかりました。
ちなみに東海銀行は三和銀行と合併しUFJ銀行となっています(さらに今は東京三菱銀行と合併して、三菱東京UFJ銀行となっています)。もうわけわかめですね。
■ワセダヤビル(旧早稲田屋ビル)
1935年竣工、元々はシャツメーカーのビルだったそうです。屋上部分は、早稲田大学大隈記念講堂(21号館)の塔屋と酷似しています。1階は喫茶店です。奥の建物は、旧東海銀行船場支店。
▽ワセダヤビル(珈琲館) – レトロな建物を訪ねて
※1階は喫茶店はかつては珈琲館だったそうです。今は別の喫茶店です。
■明治屋ビル
1924年(大正13年)建築、高級食料品を扱う明治屋のビルとして建てられました。現在は撤退し、コンビニになっています。
■堺筋倶楽部
川崎貯蓄銀行大阪支店(ネットで調べてみると、今の三菱東京UFJ銀行にいきつくらしい、たぶん)として建てられたビル。現在は、イタリアンレストランとフレンチレストランが入っています。
■高島屋東別館
かつて堺筋にあった4つの百貨店のうち、唯一建物が残っているのがこれ。松坂屋として建てられ、1966年に天満橋に移転(天満橋店は2003年に閉店)した後に高島屋が買い取り、高島屋東別館となり今に至っています。
百貨店としての機能はないそうですが、高島屋資料館が3階にあります。
初めてまとめてみたのですが、意外とたくさん近代建築が残っています。
今は御堂筋の影に隠れてなかなか目立たない存在になっている堺筋ですが、もっと注目されて欲しいなと個人的に思うところです。
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